選択の自由を前提として、人々が自らの選択に責任を持って初めて、業績の評価や昇給・昇格の査定などが可能になる。 結果として最適な仕事の割り振りを自動的に決めるであろう」話を元に戻そう。
日本では、規制撤廃○○年計画や民営化○○年計画あるいは競争促進○○年計画といったものを作ることが盛んである。 この作業自体はそれほど大変なものではない。
各省庁が持ち駒をもちよって繋ぎあわせればよいからである。 問題なのは繋ぎ方であって、そこに崇高な理念が必要になる。
後追いが得意な我々は、英国や米国の1980年代を見て、あたかもそこに壮大な計画があったかのように考え、その計画を日本にも導入しようとするが、より大切な理念を学び、あるいは自分達で作りあげる努力を怠ってきた。 こうも言える。
英国は、地図はもっていなかったが、目的地だけはしっかりとしていた。 日本は、地図は、英国版、米国版、欧州版と各種取り揃えて重装備であるが、どこが目的地なのか、今一つはっきりしていない。
とりあえず、地図上道順は定まったが、その道がどこに通じているのかについての合意がないために、道順を少しでも外れると、仲間の中から不安や不満が噴出して引き返すことになる。 今必要なのは、理念を掲げ、目的地を見定めることである。

この作業は、「官」でなく「政」にしかできないのである。 日本の変化を摘み取るもう一つの悪弊として触れるべきは、日本人の心に深く染み込んでいる「官」依存体質ではないかと思う。
英国とは異なり、日本では、私的問題について、それを安易に公的問題として解決しようとする、あるいは、政治や役所の問題として安易に転嫁するという傾向がある。 このことは、例えば、株式市場が暴落したりすると、監督当局に「○○円損した。
責任を取れ。 弁償しろ」といった類の電話がよくかかってくるといった事態がしばしば起こることなどに象徴されるであろう。
そう言えば、日本に帰国してビックリしたのが、地下鉄をはじめとする電車内の注意事項の多さである。 昔からそういう面はあったが、現在では、携帯電話の使用注意や忘れ物の注意に始まって、座り方の注意や車内美化のための注意まである。
こうした身近な例もさることながら、日本を揺るがしたバブルについても、それは基本的には私的活動が論理的水準を遥かに超えて異常な行動に走った結果であったにもかかわらず、企業トップなどには、これを全面的に政府の政策の失敗として押し付ける、あるいは丸投げするという傾向が未だに見られることにも端的に現れている。 結局、日本では多くの課題が私的領域で解決されることなく、政府や国会といった公的分野に過度の負担と責任がかかるために、社会全体としては柔軟性を欠く傾向に陥っているのではあるまいか。
何か変化をもたらすに当たって、私的領域での挑戦ではなく、政府、国会による上からの大掛かりな改革プログラムの提示という方向に向かうのであれば、どうしても時間がかからざるを得ない。 しかも、重箱の隅をつつくようなあら探しが続く現状で、「官」依存が進むのなら、「もし、食中毒が起きたらどうするのだ」、「手続きミスなどで被害が拡大してもいいのか」など、最も極端な例を挙げるという官僚の習性、官の論理の前に、誰も反対できないという事態に陥るだけであろう。
ところで、この「官」頼みは、マクロ経済的にも面白い現象を生み出している。 日本の国、地方を合わせた財政収支は対GDP比6.4%(2001年度)、債務残高は対GDP比140.8%に達すると見込まれ、主要先進国中、最悪であるにもかかわらず、長期金利は安定している。
これだけ財政状況が悪化していれば、国債の値崩れ、長期金利の高騰という事態に陥っても不思議でないのに、資金は安定して国債に流れている。 要因は色々あるのであろうが、国に金を預けておけば何とかしてくれるだろう、国が国民の資産を紙クズにするようなことはしないだろう、という「官」頼みがそこにも見て取れるのではあるまいか。
だからと言って、日本人の「官」依存を頭から非難するのはフェアではない。 実際は、国民が進んで「官」に依存してきたというより、「官」の方で、国民が「官」に依存するような状態を作ってきたという方が正しいからである。

明治憲法下では、「官尊民卑」という言葉に代表される官と民の主従関係が形作られ、「上からの富国強兵、殖産興業政策」によって「官」依存が助長されたと言われる。 戦後は、官僚の優越的地位は廃止されたが、国家がナショナル・プログラムを定め、民間にも協力させることで欧米へのキャッチァップを目指すという方針に変化はもたらされなかった。
いずれにせよ、これからの日本には、国民の自立的視点がどうしても必要であるように思うし、国家はそうした国民の自立的視点の育成をサポートするように活動すべきであろう。 第V章でも取り上げるが、日本と英国で政治課題としてマスコミや選挙、あるいは、クエスチョンタイムなどを始めとする議会での論戦で取り上げられる話題の違いは、国民の自立的視点ということを考える上で非常に参考になる。
英国で政治的課題、話題として真っ先に取り上げられるものには、「小学校の一クラス当たりの生徒数が労働党あるいは保守党の下で上がったのか下がったのか」「乳がんの発生率が他の先進諸国よりも高いが、これまで十分な予防的政策が講じられていなかったのではないか」「同性愛について学校でどのように指導していくべきか」「病院の緊急医療サービスがしっかりしていない」等々で、とにかく国民の生活に密着したものが多い。 有名な首相のクエスチョンタイムでも、NATOとEUの関係の在り方、ユーロヘの参加問題、貴族院の廃止など日本人が好む議論が行われる一方で、前記のような生活に密着した問題に相当の時間が割かれている。
マスコミが取り上げる事柄も生活に密着した話題が非常に多い。 日本ではどうか。
一つの例に過ぎないが、私が非常に不思議に思ったことの一つに、2001年4月6日に成立した「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV〈ドメスティック・バイオレンス〉防止法)についての報道がある。 夫や恋人による暴力を規制するためのDV法は、正に国民の生活に密着した問題であるが、この法律の内容や背景説明、法案の審議過程、各党の対応などについて、成立に至るまでの間、新聞各紙で取り上げられることが僅かしかなかったし、法律成立後も解説記事がいくつか出た程度であったのは驚きであった。
英国であれば、各紙が特集を組んだり、各党首の法律に対する発言を拾ったり、審議過程が明らかにされたり、各地方での取り組みが詳細に紹介されたり、随分と違っていたであろう。 日本では、これも上から近代化が進められてきたせいであろうか、憲法問題であるとか、マクロ経済政策であるとか、国際協力であるとか、もちろん、それらは国民の生活に深く関係するのではあるが、どこか国民から縁遠く、「そういう難しいことなら、よく分かっている偉いさんにお任せしておきましょうか」と思ってしまうようなことばかりが、マスコミでも選挙でも取り上げられる傾向が強いように思う。
国民の生活に近い細かい問題は、「俺達が取り上げるべき内容ではない」とでも言わんばかりに切り捨てられる傾向が強い。


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